英語学習では三日坊主もポジティブにとらえる

いやになった学習法はとりあえずやめる

 一つの学習法を何年にもわたって楽しく続けられる人は、そのやり方がよほどその人に適しているということなので、もちろんそれはそれでいい。

 だが、多くの人が自分でやっていこうと決めた学習法の持続ができなくて、自己嫌悪に陥ったり悩んだりしている。

 自分自身にノルマを課していくことは、ある程度必要なことだとは思うが、ここまで散々述べてきたとおり、楽しんでやっていける方法こそが、それぞれの人にとってベストの学習法なのであるから、‘飽き’や‘疲れ’を感じた時点で、とりあえずはそのやり方での学習をやめてしまうことに何の問題もない。

 英語の学習をするにあたって、ひとつのやり方を持続しなければいけない、というような決まりは何もない。

 むしろ、英語学習の豊富なバリエーションを楽しみながら、自分の能力を総合的に高めていこうとする姿勢のほうが理にかなっていると思う。

 なぜなら、人間は変化を好む生き物であるからだ。

 自分にとって、あるいは全ての人にとって、英語のコミュニケーション能力を最も能率的に高めてくれる唯一の学習法があると信じて、それを模索しようとしたり、あるいは何か一つのやり方にこだわり続けたりする必要もない。

 全ての人が最良だと感じられるような学習法というのは存在しない、というのが真実であるし、自分にとって最良のやり方というのは、次に詳述するが、刻一刻変化する可能性をはらんでいる。

 唯一絶対の方法があると信じてそれを続けていこうとする姿勢は、ある意味では、自分のこれからの人生において永遠に、一種類のメニューを食べ続けようと考えるようなものだ。

 例えば、「これからはずっとカレーライスを食べ続けようか、それともラーメンを食べ続けようか、それとも焼肉を食べ続けようか…」といった具合に。

 ただ、唯一絶対の方法があると信じることが、悪いことだと決めつけることもできないのである。

 そういう方法があると信じて、それを発見するために、いろいろな学習法を試してみることは、その人にとって素晴らしい学習効果を与えてくれるはずだからだ。

 常により良い学習法を探求しようとする心構え、という意味では、そういう信念を持つことがプラスに作用することもあるかもしれない。

‘今’の気持ちを大切にする

 何らかの機会に、ある一つの学習法を試してみた時などに、「とうとう、最も効率的な英語の学習方法を発見した!」と感じた経験のある人も多いかもしれない。

そういう学習法に出会えた時は、自分がそのやり方によって急速に進歩していくのが感じられて、とてもワクワクして、楽しく学習できるものである。

 ところが、そのような学習法でさえ、ある程度の期間(時間)続けていると、‘飽き’や‘疲れ’を感じることがある。

それが数年後のことか数ヶ月後のことか数日後のことか数分後のことかはわからないが。

 これには、二つの理由が考えられる。

まず、学習者のレベルが上がることにより、過去にはベストだった方法が合わなくなってきている場合である。

こういう場合には、学習法を現在の自分のレベルに合ったものに変える必要がある。

 もう一つは、‘飽き’や‘疲れ’を感じた時点でも、学習法そのものはその学習者にとってベストのものであっても、ただ単にその人の肉体や脳が疲労した場合や、ただ単にその学習法を続けることに一時的に飽きた場合である。

こういう場合は、とりあえず学習することを止めて休憩をとったり、ペースを変えてみたり、別の学習法を試してみたりするといい。自分の体調や気分に合わせて、学習の種類ややり方を変化させる、というのも必要なことだ。

 ‘今’の自分の気分や気持ちを大切にする、というのが最も重要なことである。

 どんなにすばらしい学習法も、やり続けたら飽きるのが当然で、そうそう長い時間ワンパターンを続けられるものではない。

 ‘飽き’や‘いや気’を感じているやり方で学習を続けるのは非能率的で、時間の無駄でさえあるので、そういうやり方はすぐに中止すればいい。

 自分の感性が発するサインに忠実であるのはとても良いことであるし、真に効率的な学習を行うためには必要なことだ。

 英語の学習法の種類というのはバラエティーに富んでいるのだから、こっちが飽きたらこっちというふうに、5分ごとにやることを変えていってもいいのである。

 5分続けたくらいで一つの学習法に‘飽き’を感じた時でも、「たった5分前にあれほど楽しく意欲的にできていた学習に、もう疲れを感じ始めている。なんて情けない。」などと悩む必要は全然ない。

 一日のうち数時間を英語の学習に充てようというような場合は特に、一種類の学習法を続けるより、何種類かの学習法を取り合わせていったほうが楽なはずである。

 自分が前もって立てた‘計画’よりも、現時点での‘感性’を重視しようとする心構えも大切である。

 例えば、一日前に、「明日はこういう学習をしよう」と計画していたとしても、次の日になって計画どおりの学習をすることに気分が乗らなければ、その日にやりたい別の学習をすればいいのである。

 午後8時に、「いまから2時間、この学習をしよう」と考えても、午後9時に気が変われば、別のことをすればいい。

 今、一番楽にできそうなことを、選択し続けていけばいいわけだが、そのことを決して‘怠け’だと思う必要は無い。

 今日一番楽にできていたことが、次の日になれば重労働であったり、逆に、今日はこれをやるのはハードだと思っていたことが、次の日には一番楽にできることになっていたり、というように入れ替わることもよくあるのである。

 自分の感性が、今の自分は何をするべきかを教えてくれているのだと思えばいい。それに忠実に従った時に、最も楽しく能率的に学習を進めることができる。

 体や頭が疲れている時や、体調の悪い時などは、あまり集中力を要さない学習の仕方を選びがちだが、何かをやっている限り、それは決して‘怠け’ではない。全ての学習法は全て有効である。

 英語の学習はこうでなくてはいけない、というような狭い観念にとらわれずに、常に柔軟な姿勢でのぞめば、その日その時自分が一番やりたいタイプの学習法を必ず見出せるはずだ。

 ‘今’どんな学習をするかについての選択の幅はとてつもなく広いのだということを、常に心に留めておいてほしい。

挫折しても気にしない

 高校や大学を卒業した後で、大人になってから、英語のコミュニケーション能力を付けるために英語学習を始めようとして、とりあえず(テキストも使って)テレビやラジオの英会話番組によって、学習を始めようとする人は多い。

 そうした場合、一念発起した直後は、意欲満々で学習ができるものなのであるが、しばらく続けていると、最初の勢いはどこへいったのかと思うほどに学習意欲を失ってしまう、ということも往々にしてある。

 中には、一週間くらいで、疲れ果て挫折してしまって、自己嫌悪に陥る人もいる。

 しかしそのような場合は、一週間で挫折したことに失望するのではなく、一週間続けられたことに喜びを感じるべきなのである。

 一週間、英会話番組でテキストも使いながら学習すれば、リスニング能力およびコミュニケーション能力は確実に進歩しているはずである。

 だから、それはそれとして一応満足して、学習の種類などを変えてみるのである(疲れがひどいようなら、完全な休息を何日間か自分に与えてあげてもいい)。

 例えば、単語集を使ってゆっくりと単語を覚えるだけにしてもいいし、あるいは、リスニングの練習はやめても、せっかく買ってきたものだから、テキストを読むだけ読んでいってもいい。

 そんなこんなで学習を続けているうちにまた、数週間後とか、数ヶ月後とか、1,2年後とかに、英会話番組でリスニングの学習をしたいという意欲がわいてくるかもしれない。

 そういう時には、またリスニング練習を開始すればいいのである。

 今度は、前回よりさらにリスニング力がアップしている自分を感じられるかもしれないし、今度もまた、一週間程度で挫折することになったとしても、その一週間が、リスニング力だけでなく、全体的な英語の能力を大きく伸ばすことになるのである。

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英語の学習法・概説(目次)