自分の好きなやり方で学習することの大切さ

 目的やレベルに合った学習をする、ということと同じくらい、自分の好きなやり方で学習するというのも非常に大切なことである。

脳の働きの個性的な特長と嗜好性の関係

 複数の人間の、英語学習の様子を実験的に観察していると、あることがわかってくる。

 それは、全ての学習者が大体同じ程度の学習レベルでも、しかも全く同じ教科書を用いていても、学習を進めているうちに、種々の学習の中で、各自の得意なポイントが現れてくる、ということだ。

 例えば、ある人は英語の文法構造の理解が他の人と比べて非常に早かったりする。

 またある人は、モデルとなっている英文を丸暗記していくのが非常に得意だったりする。

 そして、またある人は、ネイティブスピーカーの録音された音声を少し聞かせただけで、器用にネイティブの発音やイントネーションを正確に真似ることができたりする。

 一人一人の人間の脳は、それぞれ独特の働き方をするのであるが、このように英語の学習を行う際も、各自の個性的な特長が現れてくる。

 このような個性的な特長というのは、大体において、先天的なものである。

 そして一般的に言って、人は皆、自分の脳の素質的な特長を生かして、一番能率的に学んでいけるやり方を好み、自然にそういう方法を選び取れるようになっている。

 例えば、文法構造の理解が優れている人などは、文構造を細かく分析しながらの読解による学習が好きになる傾向があったり、また未知の音声を聞き取ることの得意な聴覚の持ち主は、リスニングによる学習を好きになる傾向があったり、といったように、である。

 このような意味で、自分の得意な面を生かせるような、自分の最も好むやり方で学習する、というのは、非常に効果的で理にかなっていることなのである。

 自分の得意なパターンでばかり学習することは、苦手な面を苦手なまま放っておくことになるのではないかと思われるかもしれないが、初級・中級レベルにおける英語学習においては、最も大切なことは、‘知識を増やす’ことである。

 そのためには、一人一人の学習者が、学習動機を維持しながら、最も効率的に知識を吸収しやすいやり方で学習することのほうが、バランスのとれたコミュニケーション能力を培うことよりも、とりあえずは重要なこととなる。

 だから、自分の好きなやり方で学習し続けることを、ためらう必要は何もない。

 自分の苦手な面の克服というのは、ある程度の英語の知識や理解力、運用能力を身に付けてから考えても決して遅くはない。

自分の性格に合ったやり方で学ぶ

 大体において、人は皆、自分の性格に合った学習の仕方を好むようになるものである。

 例えば、外交的な性格の人は、ネイティブスピーカーの人との会話を楽しみながら学んでいくやり方を好み、逆に内向的な性格の人は、独学でコツコツと知識を増やしていくやり方を好む傾向がある、といったことが挙げられる。

 また、ネイティブスピーカーとの会話による学習を好む人たちでも、個々の性格によって、ネイティブとの会話の仕方の好みは分かれてくる。

 5,6人あるいはそれ以上の人数が集まって(日本人が複数でも外国人が複数でも構わないのだが)ワイワイガヤガヤと、にぎやかに会話を楽しみたい人もいれば、ネイティブの人と1対1で、落ちついて話をしたいと思う人もいる。

 アグレッシブなタイプなら、ある一つのテーマについて語り合う討論会のような形式の中で、自分の意見を英語で主張することが大好きな人もいるかもしれない。

 このように、個々の性格によって、好みの学習の形式は変わってくるわけであるが、自分の性格に合った好きなやり方で学習する、ということが大切である。

 自分の好きなやり方で楽しみながら何かを行っている時、人間は最も効率的にその能力を伸ばす、ということが証明されている。


 英語学習において、教材選択をする際は、やはりその選び方に各自の性格がある程度反映されるものであるが、学習効率を考えた選び方というよりは、どちらかというと、特に理由のない単純な個人の好みの傾向が出ることもある。

 例として、単語集を自分で選んで購入する場合を挙げよう。(英語学習においては単語集など絶対に必要ない、という信念を持って、買おうとしない人もいる。)

 大体普通はその内容、つまり単語の難易度や、覚えやすいような工夫がしてあるかなどを気にするものだが、人によっては、どこにでも携帯して持ち歩けることを最重要視して、コンパクトサイズのものを好んで買い集める人もいる。

 また、とにかく外観を重視して、表紙がカラフルできれいなものを好む傾向がある人もいる。

 このように、‘特に理由のない単純な好みの傾向’も、もちろん大切にして、自分の気に入るようなタイプの教材を、手元に置くようにするべきである。

自分の信念に沿ったやり方で学ぶ

 個々の学習者は、英語の効果的な学習方法に関して、それぞれ独自の信念を持っている。

 例えば、英語の能力を身に付けるためには、とにかくネイティブスピーカーの人と直接会話を交わしながら学んでいくのが一番だ、というふうに考える人がいれば、まず文法を勉強し、それから多くの英文を読んで訳していくことによって学んでいくのが一番だ、というふうに考える人もいる。

 また、リスニング中心あるいは音読中心の学習法によって学んでいくのが一番だというふうに考える人がいれば、単語や例文を次々に覚えていく、といった暗記中心の学習によるやり方が一番だ、というふうに考える人もいる。

 このように、英語の効果的な学習方法に関しては、個々の学習者がいろいろと違った信念を持っているのだが、こうした信念が確実に、どのような学習法を選択したいか、という嗜好性の基盤となっている。

 つまり、自分が最も効果的だと信じている学習法を好きになる、ということである。


 このような信念を個々の人が形成するに到る要因には、いろいろなことが考えられる。

 まず、英語の学習を始める頃、または学習を始めるまでに、接した情報による影響である。

 例えば、自分の両親、あるいは自分の尊敬する人、信頼する人の考え方を聞くことによって、その考え方を受け継ぐ、というパターンも多い。

 また、本などに書かれている、英語の学習法に関する情報を読むことによって、ある種のオーソリティーによる意見として、その考え方を取りこむ場合もある。

 そうした場合、最初は容易に受け入れることのできなかった考え方でも、何度も連続的に似通った情報に接することによって、その考え方を信じ込むようになることもある。


 また、英語に初めて接する時期がいつ頃であるか、ということも、最良の学習法が何であるか、という信念形成を左右する基となる。

 英語に接する時期が早ければ早いほど、特にそれが思春期以前の時期であれば、実際のコミュニケーションから言語を習得する能力が豊かであるし、未知の音声に対して慣れることも容易である。

 だから、ある程度の期間、(実際の話し言葉としての)英語に接している時期が子供の頃にあれば、文法学習や読解による学習に頼らず、実践コミュニケーションや、リスニングによる学習の効果を信奉する傾向が出るようになる。

 逆に、初めて英語に接する時期が遅ければ、文法学習やリーディングによる学習を強調する傾向が出るのである。


 さらに言えば、学生時代に、どのような英語教育を受けたか、ということも、学習法に関する信念形成を左右する要因となることがある。

 1970年頃までは、中学や高校の英語の授業での指導形態は文法訳読法が中心であり、授業のほとんどが文法指導や古典的な教科書の読みに費やされ、話すことや聞くことについての指導はあまり行われなかった。

 しかし、1970年代に入ると、コミュニケーション能力育成の必要性が叫ばれ始め、徐々に、英語の授業に、ネイティブスピーカーの音声のリスニングやそれに続いての発音練習などが取り入れられるようになり、教科書の内容も、会話や文化的な内容を網羅したものになってきた。

 さらに、1990年頃になると、外国人指導助手(ALT)と呼ばれる、ネイティブスピーカーの先生が英語の授業を指導する機会も増えるようになった。

 したがって、1970年頃までの教育を受けた人は、文法の学習や読解による学習の重要性を強調する人が多い傾向にあるが、それ以降の教育を受けた人は、コミュニケーション能力育成のための総合的学習を支持する人が多い傾向があるのだ。


 英語の学習法に関する信念を形成する要因として、他に考えられるのは、学習者の学習経験による影響である。

 自分の気に入った学習方法で、ある程度の期間、学習を続けることによって、その成果を実感するうちに、そのやり方が一番効果的だと信じるようになるパターンである。

 これは、学習法の好みが、信念形成の基となる例だとも言える。先ほどは、個人の持つ信念が嗜好性につながることを述べたが、その逆もまた真であるわけである。

 したがって、学習者は、‘自分の個性的な特長を生かしたやり方’や、‘自分の性格に合ったやり方’を好きになる傾向があるので、そのようなやり方を、最良の学習法だと信じるようになる可能性は高いと言える。


 以上述べてきたように、人それぞれに、独自の学習法に関する信念を持っており、個人の信念が形成される要因となっているものは、さまざまなことが考えられるのだが、いずれにせよ、自分が現在持っている信念に沿って学習を進めるのが一番効果的であると言える。

 個人によって、最良の学習法はそれぞれに異なる。つまり数多い学習法のそれぞれが同等に素晴らしいのであって、優劣を決められるようなものではない。

 だから、自分が現在持っている信念が正しいものかどうかとか、より良い学習法が他にあるのではないかとか、あれこれ考える必要はあまりなく、自分が現在最良のものだと信じている学習法によって、学習を進めていけばいいのである。

 英語学習においては、学習動機を維持して、学習を長期にわたって続けていくことが非常に重要なこととなる。

 自分がその学習効果を信用することのできない、好きになれないやり方で無理に学習することは、学習効果が上がりにくいだけでなく、英語学習そのものを挫折させてしまう原因となりやすいので、避けるべきことである。


 なお、学習法に関する信念というものは、学習到達レベルや、学習者をとりまく環境や、学習経験、学習以外の種々の経験によって、変化する場合もよくあるのだが、そういう場合は、その都度、それに対応して、用いる学習法を変化させていけばいい。

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英語の学習法・概説(目次)